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最初のMLM企業がやったこと
 
歴史上、MLMを最初に導入したのは、アメリカはカリフォルニア州に本拠をおくカリフォルニアビタミン社(1934年創業)であったといわれている。
 
広大な国土をもつアメリカは幌馬車の昔から、消費者に直接商品を売る訪問販売が盛んだったが、消費者と販売者は別々の存在だった。そんな時代にカリフォルニアビタミン社は消費者と販売者を結びつけた独自の販売プログラムを運営していた。
自社製品を愛用してくれる消費者を販売員に起用し、その販売員に新たな販売員を募集する権利を与え、商品の販売手数料のほかに自らが獲得した販売員の売り上げに対しても販売手数料を支払うという方式である。
 
この方法を貫くとメーカーは通常の販売で必要になる流通経費、広告宣伝費がいらなくなる。その浮いた経費を販売員への販売手数料に回せば、自らの利益を削ることなく利益が確保できる。カリフォルニアビタミンはメーカーとして製品を製造し、手数料の支払い計算だけを行なっていた。
この商法が当って商品が売れ始めると、同じ方法をとる会社がいくつか出現した。カリフォルニアビタミン社が1945年にニュートリライト社へと社名変更した時期に、商品として洗剤を扱う会社が現れ、その後も家具類、キッチン製品などさまざまな分野で、MLMは急速に普及していった。
 
普及の原動力になったのは、愛用者兼販売員(この業界ではディストリビューターと呼ぶ)に支払われる高額コミッションだった。生産者は流通経費も出さず、広告宣伝もしないから、販売員たちは自分のクチコミの力だけで市場開拓をする苦労を背負わされた。
しかし、その見返りは想像以上に大きかった。ディストリビューターに還元されるコミッションは、自分の労働から得られるほか、自分が開拓した販売員という他人の成果からも期待できたからだ。
その額がいかに大きかったかは、現在のネットワークビジネスに携わる活動的なディストリビューターの年収が数千万円から一億円を超えることを考えれば、おおよそ理解できるだろう。
 
いつの時代でも、庶民レベルで一年間暮らすのに必要な額の十倍の年収を稼ぐのは容易ではない。それができるのはほんの一握りの人々に限られる。だがネットワークビジネスは庶民レベルでそれを可能にしたのである。
ネットワークビジネスは大きな資本も特別な能力もない個人が始めても、努力次第で多額の収入が得られるが、この多額の収入が得られるということが、このビジネスのあり方を歪めた側面があったことも指摘しておかなければならない。
 
一般消費者がこのビジネスに関わる立場につくには、まずディストリビューターになることが条件であるが、一口にディストリビューターといっても、実績によって何段階化に分かれている。多額の収入を得るには上位のディストリビューターになる必要がある。
上位への昇進(タイトルの獲得)を果たすためには、自己の築いた人脈グループ全体の売上高を上げる必要が出てくる。
そこで少しでも早く売り上げ実績を作るため、無理に商品を買って過剰在庫をため込んだり、下位者に無理な押し込み販売をしたり、あるいは昇進のため登録料、権利金をやりとりするというようなことが、このビジネスでは頻繁に行なわれてきた事実がある。
 
ということは、ビジネスのすすめ方によっては、経済的損失を被ることもあるということである。しかし、これはどんなビジネスにも起こりえることだ。失敗すればまず最初に問われるのは自分自身である。
だが、ネットワークビジネスに限っては事情が違った。このビジネスで経済的な損失を被った人が増え始めると社会的な批判が強まったのである。理由はこのビジネスの業界周辺に仕組みがよく似た商法が存在したからだ。それはピラミッド商法であった。
 
ピラミッド商法との混在に悩む
 
消費者(愛用者)が販売員も兼ねている―という新しいマーケティング理論を引っ提げて1940年代に登場したネットワークビジネスは、第二次世界大戦後のアメリカで次々と起業家が現れ、活況を呈することになった。後にネットワークビジネスの代表的企業に成長するいくつかの会社が、1950年代の終わりから60年代にかけて誕生しているが、一方でネットワークビジネスの仕組みを悪用したビジネスもこの時期に蔓延することとなった。
 
1960年代の後半、この業界に一人の天才的な男が現れた。傘下に多数の企業を要するターナーエンタープライズの総帥グレン・ターナーである。彼は「自己の確信する夢は叶えられる」という独自の成功理論を展開、巧みなミーティング手法によって、多数の参加者を集める消費者参加型のビジネスを始めた。
彼の下には何万人もの人が集まり、彼の提唱する成功理論に魅了された。アメリカには鉄鋼王A・カーネギーの『富の福音』をはじめ、バイブルや深層心理学に基礎をおいた幾多の成功理論が存在する。ターナーもおそらくこの理論を応用したものと思われる。
 
アメリカの成功理論は自己啓発効果があり、今日でも高く評価されている。ゆえにこの種の理論を用いたことではターナーを非難することはできない。また、彼はマインドコントロールの手法を用いたというが、宗教でもビジネスでも一種のマインドコントロールが日常的に行なわれている。
 
問題はターナーエンタープライズの商品にあった。ネットワークビジネスの基本は「親しい人にすすめる価値のある良質な商品」が前提だが、彼の会社が扱った商品は粗悪なものばかりで、中には商品が存在しないケースもあった。
このやり方はわが国のネズミ講とあまり変わらない。つまり、参加者を勧誘し、ビジネス登録料、タイトル獲得料、権利金などいろんな名目をつけて、実質的に多額の出資をさせ、集めた金を上位者が山分けしてしまうのである。
 
ピラミッド商法では経済的損失を被る者が続出したが、当時のアメリカにはまだこの種の商法を取り締まる法律が存在しなかったため、ターナーの手法を使って人集めをする企業が次々と誕生、正当なビジネスをしているネットワークビジネス企業も疑いの目で見られるようになった。
 
1960年代にはホリディマジック、ベストラインなどピラミッド商法の代表的企業が出現し多くの参加者を獲得するが、ホリディマジックは1973年に「非良心的で詐欺的商法」として、出資金の全額返還と賠償を命じられた。この頃からアメリカではピラミッド商法の規制へと動き出すが、業界内の詳しい事情をまだよく理解してなかったアメリカの司法、行政当局はピラミッド商法に網を被せるつもりでネットワークビジネスも規制の対象にしてしまったのである。
 
1970年代のネットワークビジネスは停滞を余儀なくされた。ピラミッド商法が社会問題化して行政や司法の介入事例が増えるにつれ、「よく似た商法」としてその影響を受けざるを得なかったからである。
中にはネットワークビジネスで立上げながら、ピラミッド商法へと移行した企業もあった。仕組みが似ているということは、容易にどちらにでも転換できるからだ。ピラミッド商法に転換した企業は当局に摘発されたり、組織の崩壊で存続不能になっていった。
 
出典/クチコミと人財が会社を変える(ダイヤモンド社・刊)
 

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